お節料理に物申したい

2019年1月25日

こんにちは、Peterです。

同じお正月の習慣、前回の年賀状に続き今日はおせち料理について語ります。

 

 

正直、不味くない? 

我が家に限らず毎年正月はおせち料理を食べる、という家庭も少なくはないかと思います。
でもぶっちゃけ、おせち料理って不味くないですか?

今時のおせちならローストビーフなど食べられる物が入ってたりしますが、
昔からある”定番”の料理ってどれもこれも食えた物じゃないと思うのは私だけでしょうか。

黒豆とか昆布巻きとかああいうやつ。

 

で実際、我が家では一部だけ自作して他はお店から購入してるわけなんですけど、
上に挙げたような料理には誰もなかなか箸をつけないんですよね。
メインを飾る創作メニューなんかはあっと言う間に無くなるんだけど。

 

高すぎる値段もどうなの

おいしくないのに値段もベラボウに高いっていうね。
今年我が家で注文したおせちは三段で約2万円。

前述した創作メニューの類もあくまで定番料理に比べればまだマシってだけで、
そこまでおいしい物でもありませんでした。

2万円も出すならこれより遥かにおいしい物はいくらでもあるよなぁと。

 

詳しい人が言うには、おせち料理は非常に手間が掛かるから値が張るんだよとのことですが、
手間が掛かるだけで高価だという不味い物を、わざわざ食べるってのが理解できないです。

 

 

現代のおせちは本末転倒

そもそもおせち料理って家事が物凄く大変だった時代に、
せめて正月ぐらいはゆっくりしようと保存の効く料理を、数日間分準備したのが始まり。
楽をするために生まれたものなんですね。
※正確には発祥は武士や貴族云々あるんですけど、ここでは今日のおせちを指してます。

 

他においしく、保存の効く食べ物がいくらでも溢れている現代では最早必要のない習慣なのですが、伝統だからとか、味が好きだからとかで食べ続けるのは別に良いんですよ。
各料理にダジャレみたいな縁起を担いだ意味が込められてたりしますし、
ゲン担ぎに食べるのも良いでしょう。

 

でも我が家みたいに”正月はおせちを食べるものだから”という固定観念に支配され、
めんどくさいと言いつつ一部を自作し、おいしくないと言いつつ高いおせちを注文するって、
それおかしくない?って思うんですよ。

わざわざ時間をかけて不味い物を作り、わざわざ大金かけて不味い物を注文する。

めっちゃくちゃ不毛じゃないですか?

 

楽をするため誕生し、また”昆布は喜ぶ”だとか幸せを願う意味が込められてたりするのに、
そのおせちに時間奪われて、しかもまずいと文句言ってんなら本末転倒もいいとこですよね。

逆に不幸になってんじゃん!

 

まとめ

年賀状同様、本来の意義は忘れられがちで惰性で続いてるような習慣の一つですよね。
文中でも申したように無くせとは言わないけど、
文句言いながら食べ続ける人たちが理解できないのでこんな記事を書いてみました。

いかがでしたでしょうか?